神武寺鷹取山を訪ねてその①

京急線神武寺駅で降りて神武寺から鷹取山を歩いてきました。
神武寺駅で降ります。
駅には米海軍専用改札口があります。
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米軍池子弾薬庫がかつてあった関係で今も米軍池子住宅があります。
駅近くにある真言宗・東昌寺に立ち寄ります。
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1333年(元弘3年)新田義貞率いる軍勢が鎌倉に侵攻し北条氏一門は東勝寺で滅ぶこととなります。(東勝寺合戦)
当時の東勝寺住職は、本尊の大日如来を持ち出して脱出、当地に避難し、北条氏の菩提を弔う寺を創建したのが、当寺の起源となっています。
寺の名も鎌倉と同じく「東勝寺」としています。
其の後、1637年(寛永14年)、鎌倉の水戸徳川家と関連が深い英勝寺の末寺となっています。
寺の名を、英勝寺と水戸家に遠慮し、「勝」を「昌」に改め、「東昌寺」と称することになったようです。
境内には、国の重要文化財に指定されている五輪塔があります。
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元々は葉山町にあった慶増院(現在は、浪子不動と統合し高養寺となる)にあったもので、開基の二階堂行然の墓といわれています。
阿弥陀堂の丈六阿弥陀如来像は、源実朝の死を悲しみ、政子が阿弥陀ケ谷(今の県立逗子高校)に堂を建て、ここに祀ったという伝承があります。現存の阿弥陀堂・丈六阿弥陀如来像は1756年再建されたものです。
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それでは、神武寺方面へ向かいます。
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予想外に険しい道を歩きます。
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神武寺に着きました。
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神武寺楼門。
江戸時代中期の1761年に建立されています。
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神武寺薬師堂。
天正十五年(1590)、豊臣秀吉の小田原攻めのときに諸堂が焼けて失ってしまいますが、慶長三年(1598)に薬師堂が再建されたそうです。
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かながわの名木100選にも選ばれている「神武寺のなんじゃもんじゃ」です。
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これから、鷹取山に向かいます。
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