杉並区荻窪の旧中島飛行機・工場跡地を訪ねて。
12/06に荻窪三庭園を訪ね、今川家の菩提寺(観泉寺)を訪ねた後に近くにある旧中島飛行機工場跡を歩いてみました。
中央本線 西荻窪駅の1kmほど北にある桃井原っぱ公園の南西部に、2つの石碑が並んでいます。


この場所は、旧中島飛行機の発動機工場でした。
中島飛行機製作所東京工場。これが、この工場のかつての名称です。

この工場が、当時豊多摩郡井荻村と呼ばれたこの地に誕生したのは、1925(大正14)年のことでした。
中島飛行機東京工場は、1930年、国産飛行機用エンジン第一号「寿」を完成させます。
この製品の信頼性が高く評価され、中島は飛行機エンジンメーカーとしての地位を確立していきます。
そして発表したのが「栄」です。1936年のことでした。これが、日本海軍が導入した新鋭の戦闘機、零式艦上戦闘機「零戦」のエンジンに正式採用されるのです。
これ以外にも中島のエンジンは、戦闘機「隼」「疾風」「紫電改」などにも採用されています。
こうして、中島飛行機は、零戦の機体を設計・開発した三菱重工業と共に、日本を代表する航空機メーカーへと成長していきました。
太平洋戦争までの日本の飛行機メーカー(三菱、川西、愛知、九州、日本、日立など)の中でもトップクラスのメーカーだった中島飛行機(富士重工業)は、群馬県太田市に本社があったが、大正14年(1924) にエンジン専門工場として、荻窪の地に工場を建設しています。
この碑は以前は、日産東京販売株式会社荻窪店(杉並区桃井3丁目5-5)敷地 にあったようですが、平成4年(2022) 頃 杉並区立桃井原っぱ公園に移設されています。
公園に隣接して荻窪病院がありますが、元は旧中島飛行機の関連病院でした。

公園では多くの方が遊んでいますが、こういう過去の歴史があったことを知る人も少ない事でしょう。


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この工場が、当時豊多摩郡井荻村と呼ばれたこの地に誕生したのは、1925(大正14)年のことでした。
中島飛行機東京工場は、1930年、国産飛行機用エンジン第一号「寿」を完成させます。
この製品の信頼性が高く評価され、中島は飛行機エンジンメーカーとしての地位を確立していきます。
そして発表したのが「栄」です。1936年のことでした。これが、日本海軍が導入した新鋭の戦闘機、零式艦上戦闘機「零戦」のエンジンに正式採用されるのです。
これ以外にも中島のエンジンは、戦闘機「隼」「疾風」「紫電改」などにも採用されています。
こうして、中島飛行機は、零戦の機体を設計・開発した三菱重工業と共に、日本を代表する航空機メーカーへと成長していきました。
太平洋戦争までの日本の飛行機メーカー(三菱、川西、愛知、九州、日本、日立など)の中でもトップクラスのメーカーだった中島飛行機(富士重工業)は、群馬県太田市に本社があったが、大正14年(1924) にエンジン専門工場として、荻窪の地に工場を建設しています。
この碑は以前は、日産東京販売株式会社荻窪店(杉並区桃井3丁目5-5)敷地 にあったようですが、平成4年(2022) 頃 杉並区立桃井原っぱ公園に移設されています。
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