渋谷・金王八幡宮を訪ねて
11/23 渋谷へ出かけた際に渋谷金王八幡宮へ出かけてきました。
六本木通り沿い実践女子大学の出前あたりにあります。
渋谷駅から徒歩で10~15分ほど歩きます。


社伝によれば、寛治6年(1092年)に平武綱によって創建され、前九年の役・後三年の役で源頼義・源義家父子に従って戦った平武綱は河崎基家と称された。基家の子である渋谷重家は堀河帝より渋谷の姓を賜り、渋谷城(現在の金王八幡宮)を築いて渋谷氏の祖となった。
江戸時代には徳川将軍家の信仰を得て、特に3代将軍徳川家光の乳母春日局と守役青山忠俊は神門、社殿を造営したとされています。
社殿は、権現造りで江戸初期の様式で都内でも貴重な建築の一つに数えられています。

神門・通称 赤門。
幾度かの修理を経て今日に至っていますが、江戸時代初期の建築様式を現在にとどめる、都内でも代表的な建物の一つです。

境内のイチョウがきれいです。


社殿右側には金王桜があります。
金王桜は、長州緋桜という種類で、雄しべが花弁化したものも交じり、一枝に一重と八重が入り混じって咲く珍しい桜です。
円照寺(新宿区北新宿)の右衛門桜、白山神社(文京区白山)の旗桜と並び、金王桜は江戸三名桜の一つに数えられています。


境内にある金王丸御影堂
御影堂には、保元の乱出陣の折、自分の姿を彫刻し母に残した木像が納められ、毎年三月最終土曜日の祭礼に特別開扉されています。

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江戸時代には徳川将軍家の信仰を得て、特に3代将軍徳川家光の乳母春日局と守役青山忠俊は神門、社殿を造営したとされています。
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社殿右側には金王桜があります。
金王桜は、長州緋桜という種類で、雄しべが花弁化したものも交じり、一枝に一重と八重が入り混じって咲く珍しい桜です。
円照寺(新宿区北新宿)の右衛門桜、白山神社(文京区白山)の旗桜と並び、金王桜は江戸三名桜の一つに数えられています。
境内にある金王丸御影堂
御影堂には、保元の乱出陣の折、自分の姿を彫刻し母に残した木像が納められ、毎年三月最終土曜日の祭礼に特別開扉されています。
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