明治学院大学歴史的建造物を訪ねて

10/13 明治学院大学白金キャンパスの歴史的建造物を訪ねてきました。
三田線白金台で降りて八芳園の前の桑原坂を歩きます。
当日は白金キャンパスでの仕事を終えた後に見学いたしました。
ヘボン博士が横浜で開いた「ヘボン塾」を起源とする、日本最古のミッションスクールとの事です。
1963(昭和38)年東京オリンピック開催に向けて、五反田から清正公前までの国道一号線の拡張計画が決定され、それに合わせて、明治学院の用地を買収することになりますが、その敷地上にはインブリー館と記念館の2棟が建っていて、インブリー館、記念館が存続するのかの瀬戸際であったようです。卒業生らの記念館保存運動を受けて、インブリー館と記念館は1964年〜1966年に曳家されて現在地に移され、取り壊しを免れたようです。
明治学院大学礼拝堂です。
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日本に数多くの建物を残したヴォーリズの設計により1916(大正5)年に竣工したこの礼拝堂は、ヴォーリズ自身の結婚式に使われたことからもよく知られる名建築です。学院のキリスト教主義のシンボルとして、当初から同じ場所に立ち続けています。
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島崎藤村作詞、自筆による校歌碑(昭和12年建)は、その礼拝堂の裏に建っています。
碑には、「人の世の若き生命のあさぼらけ学院の鐘は響きてわれひとの胸うつところ白金の丘に根深く記念樹の立てるを見よや(中略)ああ行けたたかへ雄雄しかれ眼さめて起てよ畏るるなかれ」と刻まれています。
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明治学院が白金に開校した当時、教鞭をとる宣教師たちのために建てられた4棟の宣教師館のうちの1つがインブリー館で、1889(明治22)年頃に、当時のアメリカ木造住宅の様式を取り入れて建築された。ここに長く住んだW.インブリー博士の名にちなんでインブリー館と呼ばれている。都内に残る宣教師館で最古のものであり、日本国内においても最初期の建築物である。
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入り口に1890(明治23)年の竣工年を示す文字が刻まれているこの建物は、アメリカ人宣教師ランディス教授の設計によると言われています。当時アメリカで流行したネオゴシック様式の総赤煉瓦、フランス瓦葺の2階建てで、中には神学部の教室・教授室と学院の図書館が置かれていました。当時在籍していた島崎藤村は、小説『桜の実の熟する時』の中で「まだペンキの香のする階段を上って行って2階の部屋へ出ると、そこに沢山並べた書架がある。・・・書架で囲はれた明るい窓のところには小さな机が置いてある。」と、この建物の中の自身の姿を描いています。
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正門付近より。
右に記念館・左にチャペル。
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【お知らせ】3棟の特別公開を実施します。
『東京文化財ウィーク2024』(東京都教育委員会主催)参加事業として、2024年11月 1日(金)~ 3日(日)の3日間、3棟の特別公開を実施します。普段は公開していない建物の内部もご覧いただけます。との事です。

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